「言葉と言うもの」

数年前のことだが、何をどう間違えたか、そんな大幅な利益を上げてもいない私の所に税務署の調査が入ったことがあり、そのとき私は「こんなあばら家に住んで、車だってもう10年近く乗っている者を調べてどうする、他ではみんな高級車を乗り回し、豪邸に住んでいるのだから、そちらを調べたらどうだ・・・」と言ったことがある。

そのとき税務調査員が一言、「旦那さん、今頃豪邸に住んで高級車に乗ってたら金は無いんですよ、今は地味な感じの人の方が一番金を持っているんですよ」と言い、さすがに言葉につまったが、「本当に無いものは無い」と言う私を捨て置き、あちこち家の中を捜索していた彼ら・・・、やがて私はそれなりの追徴課税を受けてしまった。

まったくこんな貧乏な者がやっと蓄えた金を持っていくとは、血も涙も無い連中だが、どうも税務署や警察官と言った、人から罰金を持っていく人間と言うのは、最近まことに低姿勢だ。
どう考えても自分より年上の人が「旦那さん」などと、にこやかに持ち上げて話をするが、その割には決して罰金をまけてくれないのが普通で、以前人の車に同乗していて、スピード違反で捕まったときも本当に低姿勢でにこやか、罰金の切符を切るときも「すみませんねー」と言う感じだった。

そしておかしなものだが、こうした低姿勢と言うのはどうにも対処が難しいものだ。
税務署も警察官もなかなか手が込んできたな・・・と思う。
自分も昔はともかく、最近は低姿勢な事が多くなったのは、やはりあらぬ敵を作らないためだが、それよりもっと重要な理由は「時間の無駄」だからだ。
どこまで行っても話の分からない者に、言葉で勝って、自分が気分的にすっきりするために時間を費やすことに、意味が見出せなくなってきたからだと思う。

また人間の世の中は底辺から見ているとこれはこれで面白いところがあり、例えば銀行なども泥だらけの長靴で、色あせた首周りなどが破れたシャツに薄汚れたズボン姿で行くと、あからさまに行員が嫌な顔になり、対応も雑になるが、それだけに早く帰って欲しいのか割と早く処理をしてくれるし、いや貯金をしろだの保険はどうだ、国債を買って欲しいなどとも言わなくなって実に都合が良い。

ただ気をつけなければならないのは、こうした格好で行って金を送金するときだが、以前高額送金をしようとして、ボロい格好で現金を新聞紙に包んで持って行って、怪しまれたことがあり、自宅に確認されてしまったが、それでもこうした格好で銀行へ行くのは楽しいものだ。
人が本当に良く分かる・・・、スーツを着ていれば親しく話しかける人でも、こうした格好だと無視する人もいれば、顔を合わさないようにする人もいるが、これはこれで当然の成り行きだと思う。
人間とはそうしたものだ・・・。

おかしなもので、人はその人を見ているようで何も見ていない・・・、例えば時計でありスーツであったり、また車や家、その友人や家族などを見てその人だと思っている場合が多い。
しかしそうしたものは本当はその人ではない、むしろそんなものはその人に付属するものに過ぎず、一見お洒落なテラスで食事をしていても、その光景だけで人が幸せかどうかは分からない。

それに言葉だが、言葉など本当はその人の気持ちなどが現れていることは少ないもので、人間の本当の気持ちと言うものは、言葉にならないものの方が多いのではないだろうか。

剣豪宮本武蔵はこんな話をしている。
「相手の次の動きを見るとき、自分の目の焦点を少しぼかして人の輪郭を見るようにすると、相手が次にどう動くのかが漠然と見える・・・」
これはけだし名言だと思う。
私のところには多くの人が訪れるが、このとき目の焦点を少しぼかして、相手の目を通して後頭部をイメージし、そこを見るようにして人を見る、そして少しだけ悲しげな顔をすると、大体やましい思惑のある者は自分からそれを喋ってしまうものだ。

また人間の言葉は本来が自己主張のもので、それがたとえ謙虚な言葉に綴られていようが、そうした言葉の最終的な目標が、やはり自己を何とか理解して欲しいと言う思いである限り、そのような言葉をして「謙虚」とは言えず、本当に会話がうまい者は自分が余り喋っていないものである。
会話の極意は自分の情報を漏らさずに、人の情報を得ることであり、そこでは自分は相手が気持ちよく喋れる雰囲気を作ることが重要で、結果として自分を相手に理解してもらおうとするときは、終始相手の話を聞いていれば事は足りる。

それを無理して私が私が、俺が俺が・・・とやると、自分の真意はますます相手には伝わらなくなるものなのである。

人は悩みであれ、何かを始めようとするのであれ、すでに自身のうちにその答えを持っている、人を理解しようと言う努力はまた、自身を理解してもらう努力に等しく、そうした中に「謙虚」と言うものがあり、われわれが使う言葉の中で本当に必要な言葉と言うのは、実は以外に少ないものかも知れない・・・。

 

※ この記事は2009年に執筆されたものを掲載しています。