長女が小学生の時だから、もう15年も前の事になるが、当初PTA総会で決められていない行事が間にポンと入って、何も分からないまま集金がされたことがあり、どうもPTAで仲の良い人数人で決めて、それが何の相談も無いまま実行されたことが分かったので、学校へ事前に父兄全体に承認を取るよう申し込んだ。
しかし学校からもPTAからも何の連絡もなく、同じ事が繰り返され、大事な情報すらも恣意的な連絡形態が取られるに至って、私はPTAへ脱会届けを提出し、会費の納入を拒否した。
ここに至って始めて事の重大性が分かってきた学校は、何故それに気づいたと言うと、学校からの連絡文書でPTA連名になっているものが家の長女だけ配布できない、つまり本来公平であるべき学校教育が、PTAに参加していなければ不公平が生まれてしまう、学校教育を円滑に運営するための組織が逆に差別を生むことに気づいたのである。
そこで校長から電話があり、「○○さんの言っていることの意味が分からなかったけど、やっと分かりました。でもこれは脅迫ではないのですが、こんなことをしていたら娘さんの将来にとって決して良い事にはなりません。
何も行事には参加しなくてもいいからPTAからの脱会は撤回して貰えませんか」との話だった。
充分脅迫にはなっていたが、この辺が妥協点かとも思った私は、臨時の行事決定には父兄全員に事前通知して採決をはかることを条件にしてPTAに復帰した。
日本国内に置いて法的に強制参加が義務付けられている団体は存在しない。
つまりPTAは唯の任意団体に過ぎないことを分かっていない父兄は多い、というか殆どがこうしたことすら知らずに役員になり、何も考えずに上部団体にPTA会費は上納されているのである。
本来PTA、保護者会はその学校での運営の円滑化、学校行事の協賛団体であり、上部のPTAへ資金納入することが目的とはならないはずであり、こうした上部組織の行事では人員の動員などが平気で行われ、「私の顔が立たないから出て欲しい」と言う、PTAがまるで私物化されたような発言まで出てしまうのである。
だがこうした一連の騒動以後、私はもう意見を言わなくなった、と言うより虚しくなってしまった。
学校で生徒に授業を行っている教員、そのトップである校長にしてPTAは任意団体だと言う意味が分からなかったからだ。
勿論全国の教員の全てがこうした状態だとは言わない。
中には私生活を犠牲にしてまで児童生徒の教育に全力を尽している方も多い。
私が虚しいのはむしろ父兄の一部についてだ、「モンスター・・・」と言う父兄が自分の知っている狭義な民主主義をPTAに持ち込んだ時、PTAは学校教育の妨げになる危険が生じてくる。
教育改革で、先生の地位や権利が相対的に保護者より劣化していくことには危惧があると思う。
先生が信念を持って行った行為が評価されないのであれば、それは先生の指導に虚無感となって現れ、ただでさえ雑事に追われて時間の無い先生にとって更なる精神的負担となるからだ。
三島由紀夫が学校で一人の先生に殴られた子どものことで、その学校を訪れたが、当時すでに右側の人として有名だった三島の訪問に対し学校では激震が走る。
だが、その子どもを殴った先生は三島から何故殴ったのか聞かれ、「悪いことをしたからだ」と答え、三島が「それに絶対間違いないか」と尋ねるのだが、その先生は「私は信念を持って教育のため殴った」とこたえるのである。
三島は立ち上がり、その先生の手を取って握り締め「先生、これからもよろしくお願いします」と言うのである。