「今宵は少し怖い話で・・・」

さて・・・今夜は何の話をしようか・・・、そうだこんな綺麗な月夜にはちょっと恐い話でもしておこうか・・・。

理論物理学者の故・猪木正文博士がこんな話を残していて、郷里の山梨に帰省した折、知り合いの女医さんから聞いた話らしいのだが・・・。

2月上旬、空は澄み切って月が煌々と輝く夜、急病人の往診から帰途についていたその女医さんは、既に夜も10時を回っていて、人気も全く無い大通りを急ぎ足で自宅に向かっていたが、1960年ごろの年代・・・今と違って車もそう多くはないし、ましてこんな田舎では、こうした時間に女医さんが1人で歩いているだけでも、どうかしている状態ではあったが、追われるように足取りを速める彼女は、その前方に何か見慣れない光景を目にする。

この寒い夜中に、一人の男が道端で焚き火をしてあたっていたのである。
なんとも尋常ならざる光景が不気味に思えた彼女は、更に足を速めてその男の横を通り過ぎ、それから走るように数百メートル過ぎ去ったが、ここまで来れば大丈夫だろう・・・そう思って少し歩く速度を緩めたときだった・・・、その道は少しカーブになっていて、彼女はそのカーブを「やれやれ・・・」と思って先へ進んだが、カーブの先に展開されている光景に、今度は心臓が止まりそうになった。

同じ男がやはりまた道端で焚き火をしてあたっていたのである・・・、彼女はもう訳が分からず、恐怖心からその男の横をまた走って通り過ぎた。
そして今度も数百メートル走っただろうか・・・彼女はいきなりぞっとするような恐怖感に襲われ、背後に何か異様なものを感じて振り向いた・・・、と、そこにはあの男が彼女のすぐ後ろでまた焚き火をしていたのだ・・・、そして男は悲痛な目をしてこちらをじっと見ていたが、その男の顔を見た彼女は腰が抜けるほど驚いてしまった。

その男はさっき彼女が往診した急病人の男だったのである。
彼女は目をつぶって走り出した・・・、そしてどうやって辿り着いたか憶えてはいなかったが、気がついたときは大息をつきながら家の玄関の戸を開けていたのだ・・・、彼女が家の中に入ったその瞬間、1本の電話がかかってくる・・・それはさっき往診した急病人の家族からで、急病人は死んだ・・・と言う連絡だった。

おっと・・・これはいけない、眠れなくなったかな・・・。