「生命の単位」

生物と言うものを究極的に追い詰めていくと、それは細胞と言う単位にまで行き着くが、この細胞を探っていくと、非常に哲学的な概念が発生してくる。
今夜は一つ細胞から人間を追いかけてみようか・・・。

細胞を始めて顕微鏡で観察したのは17世紀のフックだが、1838年シュライデンは細胞が植物の生命の単位であると主張・・・、翌年シュパンが(ショパンではない)それを動物にまで拡大し、こうして細胞がを自立的な生命単位として認められるようになった・・・つまり理論として確率するのは、19世紀のことだった。

だが細胞が細胞分裂によって増殖することが明らかになるのは、更に多くの研究者たちの研究を必要とし、その中でも余りにも有名な「細胞は細胞から」の言葉はビルヒョウの標語だが、生命単位イコール細胞説の登場によって、人体の構造についての解釈が激変していったのである。

まず「個体発生」の概念だが、精子と卵子が受精し、次に単一細胞である受精卵が分裂をしていく過程であることが分かってきた。
これ以前は個体発生について、前成説と後成説に分かれていて、大激論になっていたのだが、前成説は完成された身体の構造が精子や卵子の中にあらかじめ存在する・・・と言うものであり、後成説は、胚の単純な構造が完成体の複雑な構造へと発展していく・・・と言うものだった、そして細胞説は前成説を否定する結果となったのである。

細胞説とそれに基づく個体発生の概念は人体の男女差の概念においても影響を与え、すなわち男性と女性の身体的構造は基本的に異なってはいない・・・、個体発生の僅かな違いによるものでしかないことが認識されてきた。
男女差が最も顕著な生殖器であっても、個体発生の途中までは、男性器の原基と女性器の原基が両方とも作られ、その後に男女どちらかに向かって分化し始める・・・。
さらに発生過程の違いは染色体の構造の違いによって生じるが、人間の染色体は46本あり、その内の44本は男女が共有して持つ常染色体で、2本の染色体が男女の違いを発生させる染色体であり、男の染色体はXとY、女の染色体はXとX・・・男と女の差はたったこれだけのことなのである。

また個体発生における、「個」と他の識別についても面白い概念がある。
身体を細菌やウィルスから守る免疫反応だが、細胞が表面に持っている「組織適合抗原」と呼ばれる物質を利用して、異物の抗原を認識していることが分かってきていて、免疫系の働きの基本は自己と非自己の物質を識別することにあることから、リンパ球は抗原提示細胞の表面に、異物の抗原と同時に自分の組織適合抗原を認識して、始めて抗体を生産し始めるので、組織適合抗原は免疫系にとって不可欠の条件になっている。

免疫系は他人の組織適合抗原も、勿論排除し、細菌などの異物は貪食細胞に取り込まれ、その細胞が持つ組織適合抗原と一緒に提示され、異物として認識される。
分かりにくかったかも知れないが、免疫機能は自分と言うものの見本と、それ以外の他を同時に出して、比べて「他」を排除する為に必要な措置を講じているということだ。

個人の境界として哲学的な自我はあっても、それの明確な区別は人間には見えないし、なかなか理解できない・・・、しかし現代医学では自身の体がそれを明確に区別して、他を排除している・・・、すなわち自己と他は、既に遺伝子によって支配されるものとなっているのである。

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