「助かるかな・・・」

秋の夕暮れは以外に陽が落ちるのが早くて、7時近くにもなると、既にとっぷりと夜の雰囲気になってしまうが、1日を終えた安堵感とそれ相応の疲れが、少しの満足感を与えてくれるようでもある。
だがその安堵感に浸れる時間もどうやらここまでのようだ・・・、外で誰かが呼んでいる、それも若い女の子のようだ。  モテる男は辛いか・・・。

「はーい、今いきます」そう答え、慌てて階下へ降りて外へ出てみると、そこにいたのは毎朝家の前を通って通学している中学生の女の子たちだったが、どうしたことかいつもの元気さがなく、みな一様に不安そうな顔が並んでいた。
「どうした・・・何かあったのか」、私は一番手前の女の子に問いかけた。
「あのー、これ・・・」、私の言葉に彼女が両手を差し出したが、その手の中にはなんと「鳥」が死んだようになっていた・・・。  これは小さめだがミミズク・・・。

「道に落ちてたんです」女の子達は本当に心配そうな顔をして私を見つめ、「死んでるんですか」と訪ねたが、確かに女の子から受け取ったミミズクは首がぐらぐらになって、とても生きているようには見えなかった。
だがこうした場合、もしかしたら気絶しているだけかも知れない・・・、「よし、預かって明日まで様子を見よう」、私は女の子からミミズクを受け取ると、早速2階の仕事場へ上がり、ダンボールの箱にタオルを敷いて、その上にミミズクを寝かせた。
「何とか生きていてくれよ・・・」
帰り際「助かるかな・・・」と不安そうな表情をしていた女の子たちの顔を思い出すと、ついつい奇跡と言うものを願わずにはいられなかった・・・。

だが1時間経っても、2時間経ってもミミズクは起き上がる気配がなく、仕方なく綿棒で水を与えようと、口ばしを水でぬらしてやったが、それでも反応はなかった。
ただ、おかしなことに体温が下がっていない、また心なしか時々呼吸をしているようでもあったことから、暫くDVDでも観て待つことにしたのだが、マトリックス・リローデッドが終盤に差し掛かった頃だった。

何かダンボールの中でぴょこんと動いたような気がして、ハッと目をやると、そこには「ここはどこ・・・」とでも言っているような顔をしたミミズクの子どもが起き上がっていて、こちらを本当に透明できれいな目をして首を傾げて見ているのだった。
危ない可愛さと言うのはこうしたことを言うのだろうか・・・、嬉しくなって家族全員を呼んだのだが、みな一様に「あー、なんと言う可愛らしいものだ」と言うと、頭を撫でてみて、特に長女などは「家で飼いたい」とまで言い出したが、自然のものだから・・・と言って説得するしかなかった。

翌日、もしこれが子どもだったら、このまま外に放しても大丈夫かどうかが不安になった私は、いつもお世話になっている獣医さんのところにミミズクを連れて行ったが、獣医さんは開口一番、これは「アオバズク」と言って、確かにミミズクの一種だが、成鳥でこの大きさ(鳩より少し小さい)であることを教えてくれ、ついでに羽を痛めているから、1週間ぐらいは治療しなければならないと言うことになった。

またこの「アオバズク」は羽を手で包むようにして触ると寝てしまう習性があり、多分カラスにでも追われて電線にぶつかり、気絶していたところを、中学生たちが手で触ったら寝込んでしまい、それを死んだと勘違いしたのだろう・・・と言う話もしてくれたが、帰りがけ治療費を払おうとしたら、どうしても受け取らなかった。
これまでも捨て猫を何回か連れて行ったりしているのだが、そうしたときもこんな値段で良いのか・・・と言う料金で治療をしてくれるこの獣医さん、巨漢で髭面、一見こわもてなのだが、その目は優しい人だった。

そしてその日、私は同じ町内で両親はみんな知っていたことから、「アオバズク」を助けた中学生の家すべてに電話したが、ここで分かったことは、あの夜、女の子たちの母親が全員この現場を通りかかっていたことであり、女の子たちは一応母親に相談したが、母親たちはみんな「そんなの死んでいるんじゃない」で済ませてしまい、そこで女の子たちは仕方なく私のところへ持ち込んできたことだった。

おまけに母親の1人は、知ってて無視したことで気が引けたのか、「お金を払おうか・・・」と言い出したので、それはお断りして、子どもに鳥は助かったと伝えて欲しい・・・と言って電話を切った。
このときなぜか私は無性に悲しかった。

それから数日後、おそらく1週間は経っていなかっただろう、夕方獣医さんが家にやってきたが、家から獣医さんの所までは20キロメートルは離れている、「わざわざ申し訳ない」と私が言ったら、「アオバズク」は基本的には渡り鳥だが、それでも今まで住んでいた場所に戻すのが一番いいだろうと思って・・・と彼は笑った。

「アオバズク」は籠に入れられていたが、その籠は上の網の部分がそっくり底から抜ける仕組みの籠で、長女や家内、私の両親が見守る中、窓枠に置かれ、籠の部分がはずされた。
これでどこへでも飛んで行ける・・・、がしかし「アオバズク」は何を思っているのか、キョトンとしてこちらを見ていてなかなか飛んでいかない。
どうだろうか・・・、10分ぐらいはそうしていただろうか・・・、やがて2、3回羽をばたつかせた「アオバズク」、くるっと後ろを向いたかと思うとバタバタ・・・と外へ向かって飛んで行き、やがてそれは夕方の暗闇の中に消えていった。

その夜、私は獣医さんと鍋焼きうどんを囲み、彼が車で来ていたことからウーロン茶で乾杯したが、久々に親しき友と語らん・・・と言う嬉しさがあった。
また中学生の女の子たちも、みな電話した後から「ありがとうございました」と連絡してくれ、「アオバズク」が助かったことを本当に喜んでくれた。

今この地上にあるすべての生命は、我が同胞にしてライバル・・・、たとえいかに小さい命でも、その「生きたい」と思う心に貴賎上下などあろうはずもない。

そしてくれぐれも言っておくが、みんな大人になってもイヤな女にはならないように・・・。