そして癌の抑制に付いてもう一つ、子供の目に発症する網膜芽細胞腫、これは遺伝性の癌だが、初期症状として瞳が白くなる現象が現れる。
この癌は優性遺伝であり、親から受け継いだ2本の第13染色体のRb遺伝子の、どちらか片方に欠損があると癌を発症するが、この優性遺伝は姉妹染色体交叉や突然変異で、受け継いだ正常なRb遺伝子にも欠損が起こるからで、Rb遺伝子が2本の染色体上で共に動かなくなるために起こってくるものだ。
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だからこの癌遺伝子に関して言えば、逆に考えればRb遺伝子が正常なら抑制する事が出来る。
即ちRb遺伝子は癌を抑制する遺伝子としての機能を持つと言うことになるが、1986年アメリカのT・ドライジャとR・ワインバーグは、網膜芽細胞腫で異常となっているRb遺伝子をクローニングする事に成功、これに正常なRb遺伝子を培養したものを移入した結果、網膜芽細胞腫の細胞の増殖は止まり、ここにRb遺伝子は「癌抑止遺伝子」であることが確認された。
だがRb遺伝子はこの他、線維肉腫、乳癌、膀胱癌、肺の小細胞癌、白血病の一部でも欠損が起こって来る事から、優性遺伝ではない癌でも、Rb遺伝子異常がその発生に何等かの関りを持っているのではないかと言われている。
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また遺伝性のウイルムス腫瘍のWT遺伝子、フォン・レクリングハウゼン症候群のNFI遺伝子、家族性大腸ポリポージスのAPC遺伝子なども癌抑制遺伝子として発見されたが、更に癌遺伝子たんぱく質と結合するp53遺伝子は肺癌、大腸癌、脳腫瘍などに異常を起こしていることから、これもまた癌抑制遺伝子ではないかと考えられている。
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Rb遺伝子によって支配されるたんぱく質は細胞の核の中に存在し、細胞の増殖や分裂の調整を行っているが、SV40、アデノウィルス、パピローマウィルスなどの癌遺伝子たんぱく質は、Rb遺伝子やp53遺伝子などの癌抑制遺伝子たんぱく質と結合してこれらを不活性化してしまう。
その為細胞の増殖や分裂のバランスが崩れ、異常な細胞増殖に繋がっていくが、こうした現象を考えると、遺伝子たんぱく質では敵と味方に対して同じ接触方法が取られると言うことだ。
敵となるから結合するのか、それとも味方や仲間だと言う事で結合するのか、またどちらでも同じことなのか、この辺が興味深いところでは有る。
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更にp53遺伝子、この遺伝子は細胞に放射線などが照射された場合、これによって生じる遺伝子DNA上の障害を監視する働きがあり、細胞にはDNA異常を取り除いたり修復する機能が存在するが、それでも修復が困難な場合、p53遺伝子は細胞に死(アポトーシス・細胞死)を誘導し、遺伝子異常を起こした細胞を、身体から除去してしまう機能を持っている。
それゆえ、p53遺伝子に異常が起こって、異常細胞が放置された場合、遺伝子に異常を持つ細胞が生き続け、また増殖していく、即ち癌の発生となっていくのである。
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人間の癌の発生は実はウィルス性のものは少ない、胃癌、大腸癌などの一般的な癌にはウィルスが発見されておらず、例えば「成人T細胞白血病」などに見られるように、癌遺伝子が見つかっていないにも拘らず、このウィルスに感染してから数十年後に、白血病が起こるなどの仕組みが殆どであること、またウィルスに感染した者全てが癌を発症しないことなどから、もともと癌に繋がる別の原因があって、これにウィルスが複合的な働きをしてると言うのが正しいのだろう。
ちなみに「成人T細胞白血病」は北九州西部の住民、若しくはその出身者が希に発症する地域性癌ウィルスである。
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これらのことから考えられることは、癌細胞、癌の発症はウィルスも確かにその一部の要因では有るものの、実際はもっと基本的で、生物の深いところの原因を持ったものなのだろうと思われることである。
生物は細胞の集積で出来ている。
細胞は生まれる事もコントロールしているが、「死」もコントロールしながら生物を生物として存続させている。
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生物とは何と偉大かつ素晴らしいものなのだろうか・・・。