「この車、どこに行きますか」

かなり古い資料になるが、少し面白い話があった・・・、今夜はヒッチハイクで日本一周を目指していた若者が体験した、不思議な出来事だ・・・。

日本一周無銭旅行に出かけたA大学経済学部1年生、佐藤芳則君(仮名)は、群馬県沼田市の国道17号線のはずれで、ヒッチハイクをするため、できるだけ長距離を走りそうなトラックを物色していたが、1968年頃のことだから、今と違ってヒッチハイクは珍しかったし、ましてや行き先が同じなら割りと乗せてくれる車は多く、なかなか快適な旅を楽しんでいた。

だが、その日は不思議と思うような車がつかまらない・・・ついに夜もとっぷり暮れてしまい、時計を見ると既に10時45分を少し回っていた・・・、と、そこを通りかかったのは1台のトラックだったが、手を上げると止まってくれ、都合の良いことに乗せてくれるとのことだった。
運転手の男性はおそらく40代後半だろうか、がっしりした体格の割には温厚そうな顔の人だったが、このトラックは荷物を満載していないから、荷台の方に乗ってくれと言われ、佐藤君は布製の幌がついた荷台に乗り込んだ。

「やれやれ、良かった、助かった」・・・。
どれくらい走っただろう、佐藤君は時計を出して時間を見たが、蛍光針は12時を少し回っていて、もう少し眠ろうと思ったが、何となく少し様子がおかしい・・・、トラックが物凄いスピードで、ぐんぐん他の車を追い越していくのだ・・・、佐藤君のカンでは時速90kmはゆうに超えているように思えた。
やがて峠にさしかかった頃、余りに運転が乱暴なので、幌の窓から外を眺めた佐藤君は驚いた・・・、なんと国道を右に左にジグザグ運転、トラックは暴走していたのだ。

余りのことにたまらなくなった佐藤君は、運転手席のガラスを叩いたが、この頃のトラックは運転席と荷台の仕切にガラス窓が設けられていて、そこを叩けば運転手には聞こえるはずだったが、一向にスピードが落ちる様子が無い、角度を変えてガラス越しに運転席側の前方を見た佐藤君は自分の目を疑った・・・、トラックは真夜中にもかかわらずライトをつけていなかったのである。

あたりは真っ暗・・・、その中をライトもつけていないトラックが、フルスピードで暴走しているのだ。
「運転手さん、ちょっと・・・」見れば運転手席も真っ暗・・・、「わぁー・・・」佐藤君は絶叫した。
運転手席には誰もいなかったのである。
慌ててライターの火を付け、運転手席にかざした佐藤君の眼前に広がっていた光景は、無人でハンドルだけがひとりでに動いているという、信じられないものだったのである。

スピードメーターは90を越えていて、何台もの対向してくる車が、悲鳴のようなクラクションを鳴らして通り過ぎている。
「このままでは必ず殺されてしまう・・・」
佐藤君は暴走するトラックから脱出を計ったが、それはどうも不可能だと分かると、今度は勇気を奮って運転席へ移って車を止めようと考えた。
何度か振り落とされそうになりながら、やっとのことで運転席のドアを開け、中に入り込んだ佐藤君は必死になってブレーキを踏み、トラックはようやく急停車した。
危ないところだった・・・、あたりを見れば片側は断崖絶壁、トラックは殆どタイヤを外しかけていた・・・、もう1秒遅ければトラックもろとも谷底へまっ逆さまだった。

佐藤君はトラックの運転席で暫く放心状態になったが、数分後ハッと我に返ると、ただただ恐ろしくなり、「ギャー・・・」と言う悲鳴をあげ、トラックを脱出したのだった。
「確かに僕が乗ったときは運転手は乗っていたんだ・・・、ところが気がついたときにはトラックには誰もいなくて、勝手に走っていた・・・」
無我夢中で走りこんだ近くの工事飯場で、佐藤君は訴えたが、そこに居合わせた人たちは「酒でも飲んでいたんじゃないか」とか「夢でも見てたんだろう」と言って誰も取り合おうとしない。

「本当だ、運転手が蒸発してしまったんだ・・・、私は無人トラックに乗って1時間以上も走っていたんだ・・・」佐藤君の悲痛な叫びは続く・・・、が、警察がその現場に行ったときはトラックはおろか、急ブレーキを踏んだと言う形跡すらも残っていなかった。
結局佐藤君は勘違いで夢を見ていたんだろう・・・人騒がせな・・・と言うことにされてしまった。

ところで、その翌日のことだが・・、警察には、ライトもつけないで暴走しているトラックに危うく衝突されそうになった・・・と言う苦情が殺到してくるのだった。

佐藤君が乗ったトラックはどこへ行くトラックだったのだろうか・・・・。