だが、ここで不思議なことが起こってくる。
益田の話の裏づけを取ろうと、益田が死体を埋めたと言う河川工事現場へ駆けつけた鑑識や刑事達は、そこで確かに重機で土を埋めた後は見つけたものの、幾ら掘っても何も出てこないのである。
しまいにはその周囲一体全て掘り返したが、死体はおろかビンの欠片すらも出てこない。
また郁子さんのことを聞こうと、くだんの一杯飲み屋へ聞き込みに行った刑事は、ここでもおかしな話に遭遇するが、その店の女将の話だと、郁子さんは益田に殺されたその翌日には店に出ていて、いなくなったのはその次の日のことだと言うのである。
.
こうなるとおかしいのは益田の話であり、もしかしたら郁子さんを殺した日を間違えていて、ついでに死体を埋めた場所も違う場所なのかも知れない疑いがかかってくる。
しかし、益田はもう限界だった。
口から涎が垂れているのも気が付かず、時折四方に向かって土下座し、泣いているかと思えば、薄ら笑いを浮かべて壁を見つめている。
もう既に刑事が刑事であることすら認識できていないようだった。
.
結局この事件は気が狂った益田の幻覚であり、郁子さんに付いてはもう2年も前から、島根の両親によって行方不明のため捜索願も出されていたこともあり、何らかの事情でまた姿をくらましたのだろうと言うことになった。
その後益田は精神病院に入れられるが、全く回復することはなかった。
.
ところでこの9ヵ月後、鳥取県と岡山県の県境付近を、木炭を運ぶトラックが1台走っていた。
この年は長雨で、地盤も緩んでいたこの地方、流石にこれはどこかで土砂崩れでも起こっていなければ良いが、と思いながら岡山方面へとトラックを走らせていた運転手は、少し前方にかなり広範囲にわたってがけ崩れが起こっているのを発見する。
「あーあ、これは仕方ないな」
トラック運転手は道が通れなくなっていることを確かめると、またもと来た道を引き返し、ふもとの交番へがけ崩れの場所を伝え、別の道から県境を越えることにした。
.
やがて翌日には雨も上がり、寸断されている道路の復旧工事に訪れた地元土建業者、重機で土砂を撤去している最中、なにやら白い人間の足のようなものが土砂から出てきたので、それを掘り返してみると、そこから出てきたのは何と若い女の死体だった。
.
慌てて警察へ連絡した現場監督、警察が来て見ると、そこには泥で判りにくくなってはいたものの、紺地に白の水玉模様のワンピースを着た女の死体が横たわっていたが、鑑識の結果この死体は泥や水を飲んでいることから、歩いていて土砂崩れに巻き込まれたものと判定された。
そして死体の状態は新しく、つい先ほどまで生きていたのではないかと思われるほどであること、外傷また着衣の乱れもなく、財布なども奪われてはいないことから、この死体に関しては事件ではなく事故とされた。
.
やがて行方不明者リストから、この女性の身元も判明、彼女は両親によって橋野郁子さんと断定されたのである。
ただ、いくつかの疑問は残った。
あんな雨の中、しかもこんなところを歩いて通る人など皆無の道を、なぜ彼女が歩いていたのか、また土砂の中からは傘も見つかっておらず、靴も見つかってはいない、この点は少し疑問なところだった。
.
これで益田祐三の無実は事実上確定した。
だが、益田はこのことがあってから4年後、病院の屋上から転落し、全身を強く打って即死している。